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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)1110号 判決

原告(反訴被告)

株式会社特殊工機製作所

右代表者代表取締役

池田清治

右訴訟代理人弁護士

米津進

木村浜雄

谷川光一

被告(反訴原告)

高野栄次

(他五名)

右六名訴訟代理人弁護士

金田賢三

金田英一

主文

一  原告(反訴被告)と被告(反訴原告)らとの間において、原告(反訴被告)が別紙債権目録の被告(反訴原告)氏名欄記載の各被告(反訴原告)に対し同目録の債権欄記載の各債務のないことを確認する。

二  被告(反訴原告)らの反訴請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、本訴・反訴を通じ、全部被告(反訴原告)らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

(本訴)

一  原告(反訴被告)の請求の趣旨

1 主文第一項と同旨

2 訴訟費用は被告(反訴原告)らの連帯負担とする。

二  請求の趣旨に対する被告(反訴原告)らの答弁

1 原告(反訴被告)の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告(反訴被告)の負担とする。

(反訴)

一  反訴原告(被告)らの請求の趣旨

1 反訴被告(原告)は、反訴原告(被告)高野栄次に対して金五七万七二四四円、同石村啓造に対して金一七一万五〇三九円、同本多正芳に対して金四五三万八四三三円、同坂元正則に対して金四七六万二八〇七円、同会田正三に対して金三三七万四一一八円、同関二三雄に対して金三二六万一一八二円及び右各金員に対する反訴状送達の翌日である昭和五四年一〇月一七日から完済に至るまで年五分の割合による各金員を支払え。

2 反訴の訴訟費用は反訴被告(原告)の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する反訴被告(原告)の答弁

1 主文第二項と同旨

2 反訴の訴訟費用は反訴原告(被告)らの負担とする。

第二当事者の主張

(本訴)

一  請求原因

1 被告(反訴原告。以下「被告」という)らは、原告(反訴被告。以下「原告」又は「原告会社」という)に対し、請求の趣旨記載の各債権を有すると主張している。

2 しかしながら、右各債権は存在しないから、原告は、被告らに対し、右債務の存在しないことの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1の事実は認める。

三  抗弁

1 原告は、電動機・工作機の製造販売を目的とする株式会社であるが、業績不振・累積赤字のために、全工場を閉鎖し、全従業員を解雇して事実上整理中であり、他方、被告らは、かつて原告会社の従業員であった者である。

2 原告会社では、昭和三四年七月一日から、左記内容の退職手当金規程が施行されている。

(一) 第三条によれば、退職手当金は退職時の本給(本人給ともいう)を基礎とし、月給者は月給に、日給者は日給を二六倍したものに、時給者は時給を二〇八倍したものに、それぞれの勤続年数及び退職の理由に応じて、別表1記載の係数を乗じて算出するとされている。

(二) 第一〇条によれば、勤続期間は、入社の日より退職又は死亡の日までとし、勤続一年に満たない時は退職時の年の分を月により計算し、一カ月は一年の一二分の一とし、一五日未満は切り捨て、一五日以上は一カ月に切り上げる。

(三) 第九条によれば、功労加算として、在職中に特に功労のあった者で、管理職に対しては部長三割まで、部次長二割五分まで、課長二割まで、係長一割まで、主任又は班長〇・五割までの範囲内で加給することがあり、直属の部課長の上申により役員会において審査するとされている。

(四) 同規程の附則五及び六によれば、右(一)の支給率は、昭和三七年四月一日、同四八年四月二一日の二回、それぞれ三割ずつ増額されている。

3 被告らの退職金

(一) 被告らは、原告会社において、いずれも「月給」として給与の支払を受けるいわゆる「月給者」であったのであって、それぞれの月給額は別表2の基本給欄に記載のとおりである。したがって被告らの各退職金は、右各月給額(基本給)を基礎として算出されるべきである。

(二) 被告ら各人の原告会社への入社時期、それぞれの退社時期及びその勤続年数は、右別表2の入社年月日欄、退社年月日欄及び勤続年数欄に記載のとおりであって、被告高野は自己都合による退職であるが、その余の被告らはいずれも原告会社の都合によって解雇されたものであるから、各人の支給率は、別表2の支給率欄に記載のとおりである。

(三) 被告らの退社時の各役職は、右別表2の役職欄に記載のとおりであり、いずれも管理職であったものであるから、それぞれの功労(役職)加算率は、別表2の功労(役職)加算率欄に記載のとおりである。

(四) さらに、昭和五〇年四月の原告会社と労働組合との取決めに基づき、特別加算として、五割五分の加算がなされるべきである。

(五) 以上に基づいて右2記載の退職手当金規程によって被告ら各人の退職金を算出すると、別表2の退職金総額欄記載の金額となる。

4 被告ら(被告高野を除く)に対して支払われるべきその他の債権

(一) 解雇予告手当

被告高野を除くその余の被告らは、別表2の退社年月日欄記載の日に、原告会社から突然解雇されたものであるから、別表2の解雇予告手当欄記載の各債権を有する。

(二) 有給休暇権行使の事実上の拒否に基づく損害金

被告高野を除くその余の被告らは、原告会社に在職中、原告会社から有給休暇権の行使を事実上拒否されたので、これに基づく損害金として別表2の有給休暇権行使の事実上の拒否に基づく損害金相当額欄記載の各債権を有する。

5 以上により、被告らが原告会社を退社するに際して、原告会社から被告らに対して支払われるべきであった金額は、別表2の総請求金額欄に記載のとおりであったにもかかわらず、原告会社から被告らに対して現実に支払われた金額は、別表2の受領金額欄記載のとおりである。したがって、被告らは、原告会社に対して、退職に伴う未払債権として、それぞれ別紙債権目録記載の各債権を有している。

四  抗弁に対する認否

1 抗弁1及び2の各事実は認める。

2 同3の事実のうち、被告らの各役職及び被告高野が自己都合により退職し、その余の被告がいずれも原告会社の都合により解雇されたものであることは認め、その余については、別表3に反する部分は否認する。なお、原告会社では、従業員各人ごとに「時給」が定められており、退職手当金規程の施行以来、退職金の計算は、すべて「時給者」計算方式によって算出されていた。また右規程第九条の役職加算は、その上限を定めたものにすぎず、その限度において決定された被告ら各人の役職加算率は、別表3の功労(役職)加算率欄に記載のとおりである。

3 同4につき

(一) 同(一)のうち、被告坂元分を除き認める。同被告は、昭和五〇年五月に原告会社を退職したが、その直後から継続して嘱託として再雇用されており、予告手当支払の必要がない。なお、同五一年七月の嘱託の終了は、任意退職によるものである。

(二) 同(二)の事実は否認する。原告会社は、被告らから年次有給休暇の請求をうけてこれを拒否したことはない。

4 同5のうち、被告らの退社に際し、原告会社が被告らに対してそれぞれ退職金及び解雇予告手当として別表2の受領金額欄記載(別表3の(D)欄記載と同一である)の各金額を支払ったことは認め、その余は争う。

五  再抗弁

1 弁済

原告会社は、被告ら各人に対し、退職手当金規程に基づいて「時給」により算出された退職金及び予告手当を含め、別表3記載の各金額を同表記載の支払時期にそれぞれ支払った。

2 時効消滅

(一) 本件退職金は、従業員の退職に際し、原告会社の退職手当金規程に基づいて、原告会社から退職する従業員に対して当然に支払われるものであるから、労働基準法一一五条の「賃金」に該当し、被告坂元の予告手当についても同様である。

(二) 原告会社の退職手当金規程第一一条によれば、退職金は退職後一カ月を経て三カ月以内に支払う旨規定されているところ、原告会社は、被告高野については昭和四九年一一月六日、その余の被告らについては同五〇年六月一九日、退職金を支払うこととして別表3記載のとおりこれを支払った。したがって、右各日に被告らの退職金の弁済期が到来したものというべきであり、被告らの退職金請求権は、右弁済期から二年を経過した日に時効により消滅した。

(三) 被告坂元の予告手当請求権については、仮に昭和五一年七月の時点で発生したとしても、同五三年七月の経過によって時効により消滅した。

(四) 原告は、昭和五五年四月一四日の第九回口頭弁論期日において右消滅時効を援用した。

六  再抗弁に対する認否

1 再抗弁1(弁済)の事実は認める。

2 同2(時効消滅)の事実中、原告会社が被告らに対して、原告会社の主張する日に、原告会社の主張する金額をそれぞれ支払ったことは認め、その余は争う。

七  再々抗弁

1 権利濫用

原告会社は、被告らの再三の請求にもかかわらず、被告らに対して退職金の計算書すら交付せず、その計算根拠が明らかでなかったため、被告らは退職金の残債権の存在を知ることができなかった。原告会社が速やかに右計算書を提示していたならば、被告らにおいて残債権の存在を知りえて、早急に訴を提起しえたはずである。したがって、原告会社が被告らに対して右のような背信行為を行っている以上、原告会社が労働基準法一一五条の短期消滅時効を援用することは、信義則に反し、権利の濫用である。

2 時効中断

(一) 被告本多は、原告会社から三回に分割して退職金等の支払を受けており、その最終受領日たる昭和五三年九月一四日に、原告会社は同被告に対して、第三回目の分割金五〇万円の支払をなしている。

(二) したがって民法一四七条三号により、右日時に原告会社は同被告に対する退職金債務を「承認」したものであるから、消滅時効は中断している。

八  再々抗弁に対する認否

再々抗弁2の(一)の事実は認め、その余は争う。

(反訴)

一  請求原因

1 本訴の「抗弁」1ないし5の各事実と同じであるから引用する。

2 よって、反訴原告らは、反訴被告に対して、それぞれ反訴請求の趣旨記載の各金員の支払を求める。

二  以下、「請求原因に対する認否」は本訴の「抗弁に対する認否」と、「抗弁」は本訴の「再抗弁」と、「抗弁に対する認否」は本訴の「再抗弁に対する認否」と、「再抗弁」は本訴の「再々抗弁」と、「再抗弁に対する認否」は本訴の「再々抗弁に対する認否」と、いずれも同じであるから引用する。

第三証拠(略)

理由

(本訴)

一  請求原因1の事実及び抗弁1、2の事実は、当事者間に争いがなく、被告高野及び同坂元を除くその余の被告らの解雇予告手当が支払われたことも、当事者間に争いがない。

二  そこで、被告らの主張する退職金債権及び被告坂元の解雇予告手当金債権の存否につき考えるに、原告は右各債権が時効により消滅した旨主張するので、右各債権の成否については暫く措き、まず右時効の点につき判断する。

1  初めに、本件退職金債権が労働基準法一一五条の短期消滅時効にかかるかどうか(再抗弁2の(一))について検討すると、(書証・人証略)によれば、原告会社においては、昭和三四年七月一日以降、現行の退職手当金規程が施行され、その支給条件があらかじめ明確にされたうえ、退職する従業員に対して、当然に、右規程による退職金の支払がなされるべきものとされていたことが認められるから、本件退職金は、同法一一条の「労働の対償」として「賃金」に該当し、その請求権は同法一一五条により二年間の短期消滅時効にかかるものと解するのが相当である。

2  次に、本件退職金債権の消滅時効の進行時期について判断すると、(書証略)(退職手当金規程の写)によれば、退職手当金はその額が一〇万円を越える場合は原則として一カ月を経て三カ月以内に支払われるべきものであることが認められるところ、原告会社が、被告高野に対して昭和四九年一一月六日、その余の被告らに対しては同五〇年六月一九日、原告会社の算出した額の各退職金を支払った(ただし、被告本多については一部残金があった)ことは当事者間に争いがないので、右事実によれば、他に特段の事情の認められない本件においては、被告高野については昭和四九年一一月六日、その余の被告らについては同五〇年六月一九日、退職金の支払期が到来したものと解され、消滅時効は右各支払期日から進行するものというべきである。そうすると被告高野については同五一年一一月六日の経過により、その余の被告らについては同五二年六月一九日の経過により、それぞれ二年の消滅時効期間が満了したこととなる。

しかして、原告が本件訴えにおいて右消滅時効を援用したことは、訴訟上明らかであるから、再々抗弁事実が認められない限り、被告らの主張する各退職金の残債権は、仮に当初存在していたとしても、時効により消滅したものである。

3  被告らは、消滅時効(再抗弁2の事実)に対して、権利濫用(再々抗弁1の事実)及び時効の中断(同2の事実)を主張するので、次に検討する。

(一) 被告らは、原告会社は被告らの要求にもかかわらず退職金支払の際退職金の計算方法を示さず、そのため、被告らは残債権の請求をなしえなかったものであるから、このように権利行使を妨げた原告会社が消滅時効を援用するのは、信義則に反し、権利の濫用であると主張している。

しかしながら、(人証略)によれば、被告らはいずれもその退職時において本件退職手当金規程の存在を知っており、それぞれ支給された退職金が予想よりも少額であるとの感想を抱いていたことが認められ、また(人証略)によれば、原告会社は各退職金の支払に際し一応の計算を示したことが認められる(右認定に反する被告らの供述は、採用できない)。

右認定の事実によれば、原告会社が被告らの権利行使をことさら妨げたものとは認められないから、右権利濫用の主張は理由がない。

(二) また被告本多は、原告会社が昭和五三年九月一四日に同被告に対して退職金残金五〇万円の支払をしたことをもって、民法一四七条三号の「承認」に当たるとして、時効の中断を主張している。

しかしながら、(人証略)によれば、右五〇万円の支払は、当初から予定されていた退職金一八四万七七一五円の残金全部の支払としてなされたものであることが認められ、また、(書証略)(被告本多作成の昭和五三年九月一四日付領収書)によれば、「退職金残金済」との記載が認められる。

右認定の事実によれば、右九月一四日に原告会社が被告本多に対して退職金の一部として金五〇万円を支払ったのは、当初から予定されていた退職金一八四万七七一五円の最終分割金の支払としてであって、当事者間において、右金額を超えて退職金債権、債務が存在することを前提としてなされたものではないから、右五〇万円の支払をもって、時効中断事由たる「承認」に当たると解することはできない。

4  さらに、被告坂元の解雇予告手当金債権について検討するに、仮に解雇予告手当金債権が存するとしても、それが労働基準法一一五条の「その他の請求権」に当たることは規定上明らかであるから二年間の短期消滅時効にかかり、本件においては、遅くとも昭和五三年七月の経過により時効消滅したものと解される。

三  次に、被告らの主張にかかる有給休暇権の行使を妨げたことによる損害金債権の存否(抗弁4の(二)の事実)について判断するに、右債権の発生原因たるべき具体的事実の主張、立証がないので、右主張は失当である。

四  以上によれば、その余の点につき判断するまでもなく、被告らの主張する債権は存在しないこととなるから、原告の請求は理由がある。

(反訴)

本訴についての認定、判断によれば、被告らの主張はいずれも理由がない。

(結論)

よって、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、被告らの反訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宍戸達徳 裁判官 相良朋紀 裁判官 須藤典明)

債権目録(以下略)

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